2011年05月25日
どんな仏を崇拝しているのか?⑥
これまで紹介したとおり、通常は各宗派によって本尊も違います。しかし、同じ宗派でも寺院によって釈迦如来だったり観音菩薩だったりするケースや、真言宗なのに大日如来が祀られていないといったケースが見られます。これは、長い歴史の中で寺院が宗派変えをし、建立当初とは異なる宗派になったためと考えられます。また四国の八十八カ所霊場などは、宗派に関係なく、どこも観音菩薩を本尊にしています。
現実の寺院においては、宗派と本尊に必ずしも厳密な決まりがあるわけではありません。

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2011年05月24日
どんな仏を崇拝しているのか?⑤
日蓮宗は「法華経」を重んじ、そのなかの如来寿量品を説く釈迦如来を尊びますが、おもに「南無妙法蓮華経」の題目が書かれた大曼荼羅を本尊とします。

(続きは、どんな仏を崇拝しているのか?⑥にて)
2011年05月21日
どんな仏を崇拝しているのか?④
禅系の臨済宗・曹洞宗・黄檗宗は釈迦如来を本尊とします。

ただし臨済宗は各寺院の縁によって、大日如来・薬師如来・観音菩薩などを本尊とする場合もあります。
(続きは、どんな仏を崇拝しているのか?⑤にて)
2011年05月21日
どんな仏を崇拝しているのか?③
浄土系の浄土宗・浄土真宗・時宗の本尊は「浄土三部経」の主役である阿弥陀如来。

時宗は「南無阿弥陀仏」の名号も本尊としています。名号とは仏の名前、尊称です。仏像以外でも、礼拝の対象になります。
(続きは、どんな仏を崇拝しているのか?④にて)
2011年05月19日
どんな仏を崇拝しているのか?②
では、各宗派はどんな仏を本尊としているのでしょうか。
まず、南都六宗の法相宗は薬師如来。

華厳宗と律宗は「華厳経」の教主・毘盧舎那如来。

天台宗では「法華経」に説かれた釈迦如来を礼拝の中心にすえます。

密教である真言宗は「大日経」にもとづく大日如来を本尊としています。
(続きは、どんな仏を崇拝しているのか?③にて)
2011年05月19日
どんな仏を崇拝しているのか?①
本山や根本経典と同じように、本尊も宗派によって異なります。本尊とは、各宗派が中心的・絶対的な信仰の対象としている仏のことで、仏壇では中央付近に置かれています。
本尊が違ってくる理由は、その宗派がより所としている経典が異なるからです。経典ごとにそれを説く仏が存在しており、その仏が本尊となります。
(続きは、どんな仏を崇拝しているのか?②にて)
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より所としている経典は何?

西阿弥陀如来
2011年05月18日
より所としている経典は何?③
◎より所としている経典は何?
奈良時代からつづく法相宗は「解深密経」、華厳宗は「華厳経」、律宗は「梵網経」をそれぞれ根本経典としています。
天台宗は「法華経」、真言宗は密教でもっとも重要とされる「大日経」と「金剛頂経」が根本経典です。
同じ浄土系の宗派である融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗の根本経典は「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の「浄土三部経」となります。日蓮宗は「法華経」を絶対の教えとしています。
いっぽう臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の禅三宗は、根本経典をとくに定めていません。不立文字というように仏の教えは言葉にできず、自分で直接体験する以外、悟りの内容はわからないとしているからです。
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より所としている経典は何?①
より所としている経典は何?②
2011年05月18日
より所としている経典は何?②
中国では漢訳された経典を分類し体系づける、教相判釈がおこなわれました。これが宗派を生むキッカケとなります。宗祖やそれに準ずる僧侶たちは、多くの経典を収める大蔵経のなかから自分たちの宗派にふさわしいものを選んで、より所となる経典にしました。
日本の宗祖たちも、この教相判釈を受け継ぎ、根本となる経典を決めて教えを説いています。
(続きは、より所としている経典は何?③にて)

2011年05月17日
より所としている経典は何?①
仏教には八万四千の法門(教え)があるといわれ、膨大な数の経典がいまに伝えられています。
経典は、釈尊が説いた教えを記した経蔵、仏弟子として守るべき戒律を記した律蔵、経典を注釈した論蔵という三種にわけられますが、一般にわれわれが「お経」といっているのは経蔵のことです。
ただし経典は、釈尊が書いたわけではありません。釈尊の教えの言葉は聖なるものとしてとらえられ、当時の弟子たちは直接それを文字で書き残しませんでした。つまり、いまに残る経典は、後の時代の弟子たちがまとめたものなのです。
しかし、それによって教えの解釈にちがいが生じ、インド・中国・日本と伝わる過程で、新しい経典が次々に生まれることになりました。
(続きは、より所としている経典は何?②にて)

2011年05月17日
どんな時代にどんな宗派が流行ったのか?③
平安末期から鎌倉時代になると、政情不安と天変地異が頻発し末法思想が広がっていきます。末法思想とは、仏教の時代には正法・像法・末法の三つの時代があり、末代(末法)になると教えが滅びて衰えていくという考え方です。
そんな世相を背景に生まれたのが、個人の救済を目的にした鎌倉仏教です。法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、栄西の臨済宗、道元の曹洞宗、日蓮の日蓮宗、一遍の時宗など新しい宗派が次々と興り、武士から庶民まで広く普及します。
室町・戦国時代には、こうした宗派が深く浸透していきます。とくに、禅宗が日本の文化・芸術の分野へおよぼした影響は大きいです。
以後は各宗派が時代とともに定着を見せ、いまに続いています。

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どんな時代にどんな宗派が流行ったのか?①
どんな時代にどんな宗派が流行ったのか?②
2011年05月16日
どんな時代にどんな宗派が流行ったのか?②
奈良時代、国家は仏教に対して鎮護国家の役割を求め、全国各地に国分寺や国分尼寺が建てられました。
平安時代には、仏教に対して予言や祈祷などの神秘的な力が期待され、真言宗や天台宗などの密教がさかんになりました。これらの宗派を開いた空海と最澄は、中国の仏教を基礎としながらも独自の理論をかかげ、日本的な仏教への一歩を踏み出します。貴族の密教への傾倒も、発展を後押ししました。
いっぽうでは空也などによる念仏信仰も興り、浄土教が民衆の中に普及し始めました。(続きは次回)

2011年05月16日
どんな時代にどんな宗派が流行ったのか?①
日本における仏教は時代ごとに特色が見られ、宗派にも流行り廃りがありました。
奈良時代の仏教を一言でいうと、学問仏教です。当時は日本仏教の黎明期で、三論宗・成実宗・法相宗・倶舎宗・華厳宗・律宗の南都六宗が、それぞれの教えや経典について研究を行っていました。「宗派」というより「学派」といったほうがニュアンスは近く、各宗の僧侶は宗派の枠を越えて教えを学びあったといいます。(続きは次回)

2011年05月13日
信徒数が一番多いのは何宗?
「宗教年鑑 平成17年度版」(文化庁)によると以下の通りです。
・主要13宗の信徒数ランキング
1.浄土真宗(本願寺派、大谷派を併せた数)
2.浄土宗
3.真言宗
4.日蓮宗
5.天台宗
6.曹洞宗
7.臨済宗(14派を併せた数)
8.法相集
9.黄檗宗
10.融通念仏宗
11.時宗
12.華厳宗
13.律宗

2011年05月12日
~宗~派について「~派」の数はどれぐらいあるの?
たとえば浄土真宗の場合、本願寺派と大谷派に大きくわかれ、そこからさらに細かく分流しています。臨済宗も妙心寺派・建長寺派・円覚寺派など、大きな分派だけで14もの数があります。
そして終戦後、憲法によって信教の自由が認められたため、新たな派が生まれました。(戦前は56派といわれていたが、現在では160派前後といわれている)だが新たに出現した派のなかには、独立後ふたたびもとの派に戻るものが出るなどして、なかなか数が定まりませんでした。
このような動きは今も頻繁に起こっており、分派の数は正確にはわかりません。文化庁の「宗教年鑑」によると、宗教法人として登録されている派は、160前後になるといいます。

2011年05月11日
日本にはいくつ宗派があるの?
いまでは「うちは日蓮宗だよ」とか「あそこのお寺は浄土真宗なんだってさ」といった会話がよく聞かれ、「宗派」という言葉がごく一般的になってきております。
そんな宗派も、釈尊によって仏教が開かれた当初は存在しませんでした。釈尊の死後、彼の教えがインドから中国を経て日本に伝わり、2500年という長い年月を経るうちに、いくつもの宗派にわかれていったのです。
それでは日本の仏教には、いったいいくつの宗派があるのか?
現在では、13宗160派前後といわれております。
主要な「13宗」については江戸時代以降まったく変わっていません。
13の宗をあげると、奈良時代の南都六宗からつづく華厳宗・法相宗・律宗、密教系の天台宗・真言宗、浄土教の教えを受け継ぐ融通念仏宗・浄土宗・浄土真宗・時宗、禅系の臨済宗・曹洞宗・黄檗宗、そして日蓮系の日蓮宗。合計すると13宗になります。
基本的には、この13宗をもとにして、さまざまな派が枝分かれし、現在160派前後となっております。

2011年04月15日
曹洞宗とは?
曹洞宗の流れは、インドでお生まれになられたお釈迦さまの教え、おさとしを幾世代にも渡って祖師方が、悟りの生活を通して、師匠から弟子へと受け継がれ、インドから中国そして日本に伝えられてきたものです。
曹洞宗の源はお釈迦さまですから、ご本尊さまはお釈迦さまです。
そして、お釈迦さまの教えを日本に伝えられ、永平寺を開かれた道元禅師を「高祖」(こうそ)とあがめ、總持寺を開き、教えを全国に広められた瑩山禅師を「太祖」(たいそ)と仰ぎ、このお二人の祖師を「両祖」と呼び、この三師を「一仏両祖」としてお祀りしお慕い申し上げ、信仰のまことをささげています。
拝む時は「南無釈迦牟尼仏」と、お唱えして礼拝します。
曹洞宗は大本山を二つもっています。福井県にある永平寺と、横浜市にある總持寺です。ちょうど、私達が父と母の両親を持つように、道元さまの永平寺と、瑩山さまの總持寺を両大本山とお呼びします。
道元さまが正しい仏教の教えを中国より日本に伝えられ、道元さまから四代目の瑩山さまが全国に広められ、曹洞宗の礎を築かれました。

道元禅師

瑩山禅師
2011年04月15日
臨済宗とは?
禅とは、お釈迦様が深い瞑想のもとに悟った【無我の境地】を、坐禅や日常生活を通して体験し、自覚することです。『こだわらず』『とらわれず』、迷いも欲望も苦悩もない、自然と同化した絶対的境地。それが本来、人間がもつ清浄な仏心そのものなのです。
日本の禅宗には、三つの宗旨【臨済宗・曹洞宗・黄檗宗】があり、臨済宗はその中のひとつです。
臨済宗の教えを『臨済禅』と呼びます。坐禅を宗旨の中心としており、師匠から与えられた問題【公案】(こうあん)について工夫し、坐禅により身体で会得した見解(みかた)を提示し、点検してもらいます。これをいわゆる禅問答『入室参禅』(にっしつさんぜん)といい、このような坐禅修行を中心とする教えが臨済宗の教えなのです。

2011年04月14日
日蓮宗とは?
宗祖日蓮聖人(1222~1282)は、仏教の開祖釈尊が説かれた膨大な経典群の中から、殊更『法華経』を選び取られ、これを根本経典となさいました。従って、日蓮宗が標榜する信仰の対象は、その根本経典たる『法華経』に説かれた久遠実成の教主釈尊(仏)、その釈尊がお説きになった真意たる『法華経』(法)、そして『法華経』を弘通された宗祖日蓮聖人(僧)であり、この三宝を信仰の対象としています。日蓮聖人がしたためられた大曼荼羅(だいまんだら)ご本尊には、この三宝と法華経で最も重要な壽量品(じゅりょうほん)の説相が示されています。

宗祖:日蓮聖人
日蓮聖人は、膨大な仏教の経典の中で、『法華経』のみが完全真実の教えであり、釈尊の本意を淀みなく明かした経典と見なされました。そしてこの法華経は釈尊在世時の人々を救うばかりでなく、正しい仏法が失われ人々の心が病む末法(まっぽう)の時代、すなわち現代人の萎えた心までをも救い得る(否、寧ろ現代の我々の為の)教えであるとお考えになられました。
日蓮聖人によれば、法華経は「二乘作仏」(にじょうさぶつ)と「久遠実成」(くおんじつじょう)を説く所にその特質と意義があることになります。そしてこの両者を「二箇の大事」(にかのだいじ)と呼称され特に重要な法門とされました。
「二乘作仏」とは、法華経の前半に説かれる教えで、法華経以外の大乗経典では、自己中心的な声聞(しょうもん、仏の教えを直接聞き、四諦の道理により悟る人)と縁覚(えんがく、独りで十二因縁の道理を観察して悟る人)の二乘は成仏できないとされ、見捨てられていましたが、この法華経ではより高次元な「開会」(かいえ、我々が普通考える大小・善悪・長短等の相待的な二元論の立場ではなく、無自性空の絶待的一元の立場からの思考)の立場から、二乘をはじめ、悪人や女人(法華経以前の経典では女人は成仏しないとされていた。)も含む全ての人々の成仏を保証しています。そしてこの「二乘作仏」の法門により、一切の衆生を成仏の世界へ導く一仏乘の教えが示され、これにより我々末法の世に生きる凡夫ですら仏様と同じ心になることができると確証されたのです。
いまひとつの「久遠実成」とは、法華経後半に説かれる如来壽量品の教説で、インドに応現され八〇歳で入滅された釈尊は実は仮のお姿であり、真実の釈尊は久遠の昔に成道した永遠の存在であると同時に、全ての諸仏はこの本仏釈尊の垂迹示現にすぎないことが明かされています。そしてこの本仏は真摯な本当の信仰を持つものに対して、何時でも、たとえ如何なる所でも、常に救済の活動を続けておられるとしています。
日蓮聖人はこの法華経を学問的な理論としてではなく、久遠実成の本仏釈尊が常に大慈大悲による我々衆生の救済を継続されているという事実を表明したものと理解し、法華経を理屈ではなく、それこそ全身全霊で読まれ、持たれたのです。(これを法華経の「色読」しきどく、と称し日蓮聖人の法華経観の一大特色としています。)
2011年04月14日
南無阿弥陀仏の意味は?
「南无阿弥陀仏」は、「南無」と「阿弥陀仏」に分解できます。更に、「阿弥陀仏」は、「阿弥陀」と「仏」に分解できます。
「南無」「阿弥陀」「仏」は、すべて、インドの古典語であるサンスクリット語の音を中国語(漢字)に置き換えたものです。したがって、個々の漢字の意味を調べてみても、「南無阿弥陀仏」の意味にはたどり着けません。残念ながら、サンスクリット語の意味を追うしかありません。
以下、サンスクリット語の意味するところから、「南無」「阿弥陀」「仏」を説明させていただきます。
「南無」は、サンスクリット語で「屈する」という意味を持つ「ナマス」という言葉を音写したものです。南摸(なも)と音写する場合ります。中国語では、帰依、帰順、帰命などと訳されています。心から信じる、まかせる、従うという意味です。
「阿弥陀」は、「無量の命(限りない命)」を表す「アミターバ」という言葉と、「無辺の光(果てのない光)」を表す「アミターユス」という言葉の語幹です。無量、無辺、およそ、我々には量り知ることができないという意味があります。
「仏」は、ブッダ(仏陀)というサンスクリット語を語源とします。本来は、師匠、先生ほどの意味を表す一般語だったが、仏教では、悟りを開いた者という意味で使いました。そして、お釈迦様や、その直弟子が亡くなり、時代が下がると、やがて、かつて悟りを開いた人々の共通項を集めた抽象的な存在を意味するようになりました。
つまり、今風にいえば、「南無阿弥陀仏」とは、
1)我々には量り知ることのできない命と光を本体としながらも、
2)人よりは抽象的にして、悟りそのものよりは具体的な存在に対して、
3)心から従うこと
と、言えるでしょう。

2011年04月14日
浄土真宗とは?
鎌倉(かまくら)時代に、浄土宗から分かれた。親鸞(1173~1262)が師の法然(1133~1212)の教えをいっそうわかりやすく説いたもの。真宗。一向(いつこう)宗。門徒宗。
本願寺は元来親鸞の廟堂で、親鸞の子孫が管理した。三代覚如(1270~1351)の時、本願寺となり、第8代の蓮如(1415~1499)が中興の祖、今日の大教団の基礎を築いた。
東本願寺は、徳川家康が大きすぎる勢力を分散するため現職を離れていた教如(光寿)に施与したもの。現在十派に分かれる。
浄土宗と同じ浄土三部経を所依とし、阿弥陀如来の他力本願の信によって往生成仏を期する。南無阿弥陀仏の称名念仏は仏恩報謝の行であるとする。浄土真宗の浄土とは、仏や菩薩の住む安らかな国土を指す。浄土の数は210億もあるといわれ、数ある浄土のうち、日本の浄土真宗は、特に阿弥陀仏が住むという西方浄土(すなわち極楽浄土)に往生することを願うものである。浄土真宗とは往生浄土の真実の宗旨という意味で、阿弥陀仏の願力によって、いかなる者も救われる法であり、そのために、阿弥陀仏の名号を称える。
