2013年09月08日
臨済宗とは?⑥
公案は頭で理解するのではなく、身体全体で体得していくものです。したがって合理的な答えが求められるわけではなく、その人の直接体験から出た答えかどうかが重要になってきます。直接体験が表現されていなければ師は合格の判定を下さず、弟子はふたたび公案に取り組み直さなければなりません。
臨済宗では、こうした修行が毎日繰り広げられているのです。
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臨済宗とは?①~⑤
臨済宗では、こうした修行が毎日繰り広げられているのです。
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2013年09月07日
臨済宗とは?⑤
師は数ある公案のなかから一つの問題を弟子に与えます。弟子は坐禅しながら公案に取り組み、答えがわかったら自分なりの見解を師の部屋で述べます。これを入室参禅といい、師と弟子の二人だけで激しいやりとりが行われます。
(続きは、臨済宗とは?⑥にて)
(続きは、臨済宗とは?⑥にて)

2013年09月06日
臨済宗とは?④
公案は古則公案と現成公案の二つにわけられるが、臨済宗では、祖師や高僧の言葉や行動を語録に残した古則公案を重視しています。
一七00則あるといわれる公案は、どれも非常に難解です。常識にとらわれていては回答を得られません。
(続きは、臨済宗とは?⑤にて)

一七00則あるといわれる公案は、どれも非常に難解です。常識にとらわれていては回答を得られません。
(続きは、臨済宗とは?⑤にて)

2013年08月28日
臨済宗とは?③
この悟りの体験によって、さらに「一無位の真人」が得られるといます。これは真の自己のことで、悟りや仏性は自分の外側を探してもどこにも見つからず、自分の心のなかにあるとしています。真の自己を見つけるための修行が、公案なのです。
(続きは、臨済宗とは?④にて)
(続きは、臨済宗とは?④にて)

2013年08月27日
臨済宗とは?②
公案とは役所の公式文書の意味の「公案の案牘」に由来する言葉で、いわゆる禅問答の問題です。
臨済宗の教えは、唐で臨済禅を興した臨済義玄の思想がもとになっています。臨済は、人はあらゆる場面で「真正の見解」を得ると説いています。真正の見解とは悟りの体験のことです。
(続きは、臨済宗とは?③にて)

臨済宗の教えは、唐で臨済禅を興した臨済義玄の思想がもとになっています。臨済は、人はあらゆる場面で「真正の見解」を得ると説いています。真正の見解とは悟りの体験のことです。
(続きは、臨済宗とは?③にて)

2013年08月26日
臨済宗とは?①
坐禅によって自分の心を見つめ、悟りを得ることが禅の基本となる教えですが、同じ禅宗でも臨済宗の禅と曹洞宗の禅では教えの内容が少し異なります。
臨済宗の禅は看話禅といい、公案という課題に取り組みながら坐禅をおこないます。
(続きは、臨済宗とは?②にて)
臨済宗の禅は看話禅といい、公案という課題に取り組みながら坐禅をおこないます。
(続きは、臨済宗とは?②にて)
