2014年04月22日
密教系宗派の文化・しきたり⑩
2014年04月21日
密教系宗派の文化・しきたり⑨
外護摩は不動明王の前に護摩壇を設け、真言を唱えながら火中に供物を投げ入れます。そして諸仏を供養し、病の回復や怨敵の降伏などを祈願します。
いっぽう、内護摩は心のなかの智慧の炎によって、煩悩や邪気を焼き尽くす修法です。心のなかに護摩壇をしつらえ、不動明王の炎を想起します。その炎のなかでさまざまな煩悩を焼き払い、仏と交信して悟りを得るのです。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑩にて)

いっぽう、内護摩は心のなかの智慧の炎によって、煩悩や邪気を焼き尽くす修法です。心のなかに護摩壇をしつらえ、不動明王の炎を想起します。その炎のなかでさまざまな煩悩を焼き払い、仏と交信して悟りを得るのです。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑩にて)

2014年04月20日
密教系宗派の文化・しきたり⑧
日本における護摩の儀式はおもに真言宗で行なわれ、内護摩・外護摩という二つの修法にわけられます。
護摩を焚く目的は、息災・増益・調伏・敬愛の四つがあります。炉の形や修法の時間などの具体的な方法は、この目的によって違ってきます。
インドでは火の神・アグニを護摩の本尊として儀式を行ないますが、日本の密教では不動明王が本尊になります。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑨にて)

護摩を焚く目的は、息災・増益・調伏・敬愛の四つがあります。炉の形や修法の時間などの具体的な方法は、この目的によって違ってきます。
インドでは火の神・アグニを護摩の本尊として儀式を行ないますが、日本の密教では不動明王が本尊になります。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑨にて)

2014年04月19日
密教系宗派の文化・しきたり⑦
護摩は、紀元前二〇〇〇年頃に古代インドで編纂された聖典「リグ・ヴェーダ」に由来します。この聖典に登場する火の神・アグニを供養することで魔を除き福を得る儀式を「ホーマ」とよび、ホーマを音訳した語が護摩です。ホーマの儀式はインドからチベット、中国を経て日本に伝わりました。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑧にて)

(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑧にて)

2014年04月18日
密教系宗派の文化・しきたり⑥
僧侶たちの真言の唱和と太鼓が鳴り響く寺院のなかで、中央に置かれた護摩壇に火をつけます。そして供物を燃やした炎の煙が、仏に届くよう祈願する・・・
この神秘的で不可思議な護摩の儀式は、本尊・行者・参拝者が一体化して願望を成就させる密教の修法です。炎のもつエネルギーが行者と参拝者に振動を与え、仏と共鳴して関係が生まれるといいます。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑦にて)

この神秘的で不可思議な護摩の儀式は、本尊・行者・参拝者が一体化して願望を成就させる密教の修法です。炎のもつエネルギーが行者と参拝者に振動を与え、仏と共鳴して関係が生まれるといいます。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑦にて)

2014年04月17日
密教系宗派の文化・しきたり⑤
いっぽう金剛界曼荼羅は、「金剛頂経」にもとづく曼荼羅で、人間の菩提心が仏へ届く過程を示しています。中央の成身会を中心に九分轄された各界には、合計一四六一もの仏が描かれています。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑥にて)

(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑥にて)

2014年04月16日
密教系宗派の文化・しきたり④
胎蔵界曼荼羅は、密教の二大経典の一つ「大日経」にもとづいて描かれています。母親の胎内に眠る胎児のような人間の仏性(仏になる性質)が仏の慈悲によって目覚め、悟りに至るまでの過程を示しています。中台八葉院に座する大日如来の智慧が、内から外へ四方に広がるさまを表現しています。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑤にて)

(続きは、密教系宗派の文化・しきたり⑤にて)

2014年04月15日
密教系宗派の文化・しきたり③
そんな曼荼羅のなかでもっとも重要なのが、平安時代に空海が唐から持ち帰った両部曼荼羅、つまり胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅です。
真言密教の教えは、この二つに網羅されているといわれており、芸術品としての価値も高いのです。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり④にて)

真言密教の教えは、この二つに網羅されているといわれており、芸術品としての価値も高いのです。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり④にて)

2014年04月14日
密教系宗派の文化・しきたり②
曼荼羅があらわしているのは、密教の理念や理想とする世界です。チベットやネパールでは、悟りを求めて修行する密教僧の心の道標として、あるいは弟子の入門儀式の際に用いる道具として使われているといいます。
日本にはさまざまな形態の曼荼羅が残されており、平面的な絵でなく立体的な像で悟りを表現した羯磨曼荼羅や梵字で表現した法曼荼羅、仏の持物などのシンボルで表現した三昧耶曼荼羅、絵画で表現した大曼荼羅などがよく知られています。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり③にて)

日本にはさまざまな形態の曼荼羅が残されており、平面的な絵でなく立体的な像で悟りを表現した羯磨曼荼羅や梵字で表現した法曼荼羅、仏の持物などのシンボルで表現した三昧耶曼荼羅、絵画で表現した大曼荼羅などがよく知られています。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり③にて)

2014年04月13日
密教系宗派の文化・しきたり①
最近は、テレビや美術館などで曼荼羅を目にする機会が少なくありません。しかし、あの不思議な描写が何をあらわしているかを知っている人はあまりいないでしょう。
曼荼羅の起源は、約一五〇〇年前のインドにあります。当時の曼荼羅はいまのような画布ではなく、神をよびよせるために地面に描く砂絵だったといいます。それがネパール、チベット、中国を経て日本へと伝えられました。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり②にて)

曼荼羅の起源は、約一五〇〇年前のインドにあります。当時の曼荼羅はいまのような画布ではなく、神をよびよせるために地面に描く砂絵だったといいます。それがネパール、チベット、中国を経て日本へと伝えられました。
(続きは、密教系宗派の文化・しきたり②にて)
