2014年02月24日
時宗の宗祖②
十三歳の一遍は、太宰府へ赴き浄土宗を学びますが、父が亡くなったことで伊予に帰り、いったん還俗、家督を継いで妻を娶ります。ところが伴侶をもっても落ち着かず、一族の所領争いを嫌って、伊予の窪寺で念仏の修業に入りました。
修行をはじめて三年後、一遍は念仏を称えて阿弥陀如来に頼る以外、救われる道はないと悟ったといいます。三六歳のときには、妻子を連れて遊行の旅に出て「南無阿弥陀仏」と書かれた札を配る賦算をはじめました。
(続きは、時宗の宗祖③にて)

修行をはじめて三年後、一遍は念仏を称えて阿弥陀如来に頼る以外、救われる道はないと悟ったといいます。三六歳のときには、妻子を連れて遊行の旅に出て「南無阿弥陀仏」と書かれた札を配る賦算をはじめました。
(続きは、時宗の宗祖③にて)
