2014年04月09日

天台宗の宗祖⑥

当時、桓武天皇は重い病の床にあり、最澄は密教の秘法によって病気平癒を祈祷しました。しかし、すでに臨終が迫っていた天皇には効き目がありませんでした。

そこに、正統な密教秘法を修得した空海が帰国してきます。最澄は空海が七歳も年下の無名僧であるにもかかわらず、密教の教えを請い、師と仰ぎました。

当時の最澄は、朝廷に重んじられている高僧です。自分よりはるか下の立場にある僧侶を師と仰いでいるところからも、彼が仏教に関していかに純粋だったかがわかります。そして同時に、この一件が空海の名を世に知らしめる契機になりました。

続きは、天台宗の宗祖⑦にて

天台宗の宗祖⑥



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Posted by きいちろう  at 21:38 │Comments(0)天台宗

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